こんにちは、千代田区神田の公認会計士・税理士事務所のCGSおだき税理士法人です。
長らく間が空いてしまいましたが、久しぶりに『経営者の日々を支える4つの経営指標』の続きです。
前回までは限界利益率を活用して損益分岐点売上高や目標利益達成売上高を算定する方法についてお話をしてきました。今回は損益分岐点売上高の更なる応用編として、損益の均衡ではなくキャッシュ・フローを均衡させる『収支分岐点売上高』についてのお話をします。
まずは、簡単に損益分岐点売上高のおさらいをしましょう。
損益分岐点売上高は、会社の損益を均衡させる売上高のことで、下記の算式によって求められます。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
損益分岐点売上高は損益が均衡する売上高ですので、変動費及び固定費を全て賄うことができます。
しかしながら、実際の会社経営では、借入金の返済など経費以外の資金支出があります。損益分岐点売上高はあくまでもすべての経費を賄うことを考慮した売上高であって、これらの経費にならないような資金支出については実は考慮されていないのです。
そのため、損益分岐点売上高を達成して損益がゼロとなっていても、借入金の返済資金が賄えずに資金が不足する事態が発生してしまいます。
数値例で見てみましょう。
限界利益率 50%、固定費 50,000、借入金返済 5,000
この会社の損益分岐点売上高は100,000となります。
損益分岐点売上高 100,000 = 固定費 50,000 ÷ 限界利益率 50%
では、この場合のキャッシュ・フローはどのようになるでしょうか?
キャッシュ・フロー △5,000 = 限界利益 50,000 - 固定費 50,000 - 借入金返済 5,000
この場合のキャッシュ・フローはマイナス5,000となってしまいます。損益はトントンでも、キャッシュ・フローはマイナスになってしまいますね。これでは会社を存続させることは不可能です。
キャッシュ・フローの観点からすれば、借入金の返済などの経費にならないような支出がある場合には、損益分岐点売上高を求めるだけでは不十分な結果になってしまいます。
このように経費にならないような資金支出がある場合には、キャッシュ・フローを重視した『収支分岐点売上高』で見ていく必要があるのです。
では、上記の数値例で収支分岐点売上高を求めてみましょう。
固定費50,000の他に借入金の返済額5,000があります。合計55,000の資金支出を賄える売上高があれば良いことになりますので、収支分岐点売上高は110,000となります。
収支分岐点売上高 110,000
= ( 固定費 50,000 + 借入金返済額 5,000 ) ÷ 限界利益 50%
売上高 | 110,000 |
変動費 | 55,000 |
限界利益 | 55,000 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | 5,000 |
キャッシュ・フロー 0 = 限界利益 55,000 - 固定費 50,000 - 借入金返済 5,000
簡単に計算できましたね。これはつまり、借入金5,000を返済するためには利益が5,000必要になるということです。
しかし、実は上記の式は税金の発生が考慮されていません。繰越欠損金が十分にあって税金が発生しない場合は上記の収支分岐点売上高の算定式で問題は無いのですが、繰越欠損金が無い場合に税引前利益がプラスになると税金が発生しますので、税金の影響も考慮する必要があります。
まずは、先ほど算定した売上高110,000をもとに、税金が発生する場合の変動損益計算書で見てみましょう。
売上高 | 110,000 |
変動費 | 55,000 |
限界利益 | 55,000 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | 5,000 |
税金(税率40%) | 2,000 |
税引後利益 | 3,000 |
この場合、税引後利益は3,000となりますが、借入金の返済額は5,000のため、キャッシュ・フローは△2,000となってしまいます。
キャッシュ・フロー △2,000 = 限界利益 55,000 - 固定費 50,000 - 税金 2,000 - 借入金返済 5,000
このように税金の発生を考慮すると、単純に借入金返済額を固定費に加算した金額を限界利益率で割り返しただけでは、収支分岐点売上高を算定することができません。
税金の発生までを考慮する場合の収支分岐点売上高は、下記の式で計算することになります。
収支分岐点売上高
= 〔 固定費 + ( 借入金返済額 ÷(100% - 税率)) 〕÷ 限界利益率
この式に当てはめると収支分岐点売上高は116,666となります。
116,666 =( 50,000 +( 5,000 ÷ ( 100% - 40% )) ÷ 50%
この場合の変動損益計算書とキャッシュ・フローは下記の様になります。
売上高 | 116,666 |
変動費 | 58,333 |
限界利益 | 58,333 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | 8,333 |
税金(税率40%) | 3,333 |
税引後利益 | 5,000 |
キャッシュ・フロー 0 = 限界利益 58,333 - 固定費 50,000 - 税金 3,333 - 借入金返済 5,000
このように税金が発生する場合には、税引後利益が借入金の返済額と同じになるように売上高を求めることになるのです。
さて、収支分岐点売上高を正確に算定するには、もう一つ重要な要素を考慮しなければなりません。
それは、お金の支出の無い費用(非資金費用)です。非資金費用の代表的なものとしては減価償却費です。このような非資金費用がある場合に収支分岐点売上高を算定する際は、計算式の調整が必要となります。
まずは、先程算定した売上高のもとで、固定費の中に減価償却費3,000の非資金費用があるものとした場合の変動損益計算書とキャッシュ・フローを見てみましょう。
売上高116,666、限界利益率 50%、固定費 50,000(うち、減価償却費 3,000)、借入金返済 5,000
売上高 | 116,666 |
変動費 | 58,333 |
限界利益 | 58,333 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | 8,333 |
税金(税率40%) | 3,333 |
税引後利益 | 5,000 |
キャッシュ・フロー 3,000 = 限界利益 58,333 - 固定費支出 47,000(※1) - 税金 3,333 - 借入金返済 5,000
(※1)固定費支出 47,000 = 固定費 50,000 - 減価償却費 3,000
先ほどまでのように固定費が全て資金支出のある経費の場合には、売上高116,666でキャッシュ・フローがゼロとなりました。
しかし、今回の様に非資金費用であります減価償却費が固定費に含まれている場合には、売上高116,666のもとではキャッシュ・フローはプラスになります。
つまり、この場合には収支分岐点売上高は116,666より少なくて良いのです。
減価償却費と税金の発生を考慮した場合の収支分岐点売上高は、下記の式で計算することになります。
収支分岐点売上高
= 〔 ( 固定費 + (( 借入金返済額 - 減価償却費 )÷(100% - 税率))〕÷ 限界利益率
上の式に当てはめると収支分岐点売上高は106,666となります。
106,666 =〔( 50,000 +(( 5,000 - 3,000 ) ÷ ( 100% - 40% ))〕 ÷ 50%
この場合の変動損益計算書とキャッシュ・フローを見てみましょう。
売上高 | 106,666 |
変動費 | 53,333 |
限界利益 | 53,333 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | 3,333 |
税金(税率40%) | 1,333 |
税引後利益 | 2,000 |
キャッシュ・フロー 0 = 限界利益 53,333 - 固定費支出 47,000(※1) - 税金 1,333 - 借入金返済 5,000
(※1)固定費支出 47,000 = 固定費 50,000 - 減価償却費 3,000
減価償却費3,000が固定費に含まている場合の収支分岐点売上高は106,666となり、減価償却費が含まれていない場合の収支分岐点売上高116,666と比べて10,000の売上高が少なくて済む結果になりました。
これは、固定費に減価償却費が3,000あることにより、減価償却費が含まれていない場合に比べてキャッシュ・フローとしては3,000のプラスになっているため、売上高10,000減少によりキャッシュ・フローが3,000のマイナス(限界利益△5,000(=10,000×50%)、税金減少+2,000(=5,000×40%)なっても、結果としてキャッシュ・フローはプラスマイナスゼロになるためです。
このように減価償却費などの非資金費用がある場合には、収支分岐点売上高の算出においてその影響を考慮する必要があるのです。
なお、借入金の返済額より減価償却費のほうが大きい場合には税金を考慮する必要がないため、下記の式で求めることになります。
収支分岐点売上高
= 〔 ( 固定費 + ( 借入金返済額 - 減価償却費 )〕÷ 限界利益率
上記の数値例で借入金の返済額が1,000のケースで見てみましょう。
96,000 =〔 50,000 +( 1,000 - 3,000 ) 〕 ÷ 50%
収支分岐点売上高は96,000になります。
売上高 | 96,000 |
変動費 | 48,000 |
限界利益 | 48,000 |
固定費 | 50,000 |
税引前利益 | △2,000 |
キャッシュ・フロー 0 = 限界利益 48,000 - 固定費支出 47,000(※1) - 税金 0 - 借入金返済 1,000
(※1)固定費支出 47,000 = 固定費 50,000 - 減価償却費 3,000
借入金の返済金額より減価償却費が大きいような場合には、収支分岐点売上高は税引前利益がマイナスになるような値になります。そのため、このような場合には税金を考慮する必要がありせんので、上記の様なシンプルな式になるのです。繰越欠損金が十分にある場合も同様の式になります。
まとめ
○収支分岐点売上高は、キャッシュ・フローをゼロにする売上高
○借入金の返済などの経費にならない支出がある場合には、損益分岐点売上高の算定では不十分であり収支分岐点売上高を算定する必要がある
○収支分岐点売上高の式
・収支分岐点売上高(借入金返済額>減価償却費)
= 〔 ( 固定費 + (( 借入金返済額 - 減価償却費 )÷(100% - 税率))〕÷ 限界利益率
・収支分岐点売上高(借入金返済額≦減価償却費、もしくは、税引前利益を超える繰越欠損金がある場合)
= 〔 ( 固定費 + ( 借入金返済額 - 減価償却費 )〕 ÷ 限界利益率